イギリス在住のげばさんによるシニア層の海外移住に関するコラム第4弾です。
高齢者の一人暮らしとパワーオブアトーニーがテーマのコラム第2話になります。
現地在住者しか知り得ない、イギリスのリアルな情報をお届けします。
第1話はこちら
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ペンネーム:げば
プロフィール:1964年生まれ。愛媛県出身。大阪で貿易事務をしたのちキャリアアップのためにイギリスに留学。その時に現地男性と交際→結婚。2児の母となる。
しかし21年後に破局。現在、NHS病院で看護師として働いている。
げばおばちゃまの時間: https://www.geba-obachama.com
ツイッター: https://twitter.com/Geba59121309
新型コロナウイルス(COVID-19) パンデミック
2019年12月21日、原因不明の肺炎が中国で発見された。
この未知のウィルスは国際化社会の中で急速に全世界に広まっていく。
WHOはこの新型コロナウィルスの流行を「パンデミック」に認定し、当時のイギリス首相、ボリスジョンソンはロックダウン政策を強行した。
すべてのパブ、レストランは封鎖され、ジム、レジャー施設も閉鎖。
生活に欠かせない職種、キーワーカー(医療従事者、食品販売、ライフライン(水道、電気、ガス)従事者、家政婦など)を除き、すべての資本活動はリモートとなる。
つまり、なるべく自宅から出ないよう奨励されたのだ。
高齢者の孤独
人を見たら感染者と思え。
そういった空気がイギリス中に充満し、国民は外部の人に会わなくなった。
友達はもちろん、遠く離れた家族にも会えないのだ。
もちろん会えないと言っても、直に会えないというだけで、Zoomや skypeなど使えば、顔を見ながらの会話はできる。
若者にとってはなんでもないことである。
しかし80代、90代、いや100歳を超えるお年寄りには異次元の世界。
スマートフォンを買うことはできても、どう使うのかわからない。
100歳を超えて、しかもおひとりさまのアンは大いに面食らった。
彼女の中で電話というのは固定電話、会いたいなら訪問。
これ以外ないのである。
それなのに、アンに会えるのはキーワーカーである家政婦だけなのだ。
弟子達は会いに来られない。
弟子達がZoomや Skypeでアンに会おうとしても、彼女はどうやって使えばいいかわからない。
パンデミックで弟子達が訪問できないことをアンは理解している。
だけど、いつも一人だと、「自分は愛されていない」と錯覚してしまう。
ひとりで家に引きこもるアンは激しい孤独感に苛まされ、徐々に悲観的になった。
そのなかで、唯一会いに来てくれる家政婦。
彼女がアンにとって特別な存在になるのに時間はかからなかった。
いつの間にかアンは「家政婦なしでは自分は生きていけない」と思うようになる。
家政婦の思惑
パンデミックにはいる少し前の話である。
遠く離れた弟子が久しぶりにアンに会いにやって来た。
アンは大変喜び、弟子を離そうとしなかった。
彼女はアンの家に数日滞在させてもらった時、アンの足腰が以前と比べてかなり弱っていることに気づいた。
一人で暮らすのは安全ではない。
とくに夜間の歩行は危険である。
彼女は家政婦とアンに、夜間のケアーサービスを受けるよう提案した。
家政婦は必要ないといい、アンは「まだまだ大丈夫」と相手にしなかった。
家政婦はアンの安全より、夜間ケアーサービスの費用を気にしている感じだった。
アンは自分の財産の明細を家政婦に話しているようだ。
彼女はアンがとんでもなく裕福な老女だと知っているのだ。
このころから家政婦は折あるごとに「自分をパワーオブアトーニーにしてくれ」と頼んでいた。
パワーオブアトーニーは、財産を代理で管理してくれる人のことだ。
家政婦は思う。
「アンには子供がいない。頼りになるのは私だけ。私がパワーオブアトーニーになるべきだ。そうなれば、実質アンの財産は私のものになる。彼女はもう長くない。ならば少しでもお金は自分のために残したい。」
しかしアンはどんなに親しくなっても、証書にサインしなかった。
アンは愛する弟子たちに、その権利を譲りたいと思っていたからだ。
事故と入院と家政婦の囁き
「Have a nice Holiday!」
家政婦が旅行に行った時、アンはこう言って彼女を見送った。
一人で暗い家の中に入る。
唯一の訪問者である家政婦は家族旅行に出かけてしまった。
「すこしお酒でも飲もうかしら。」
自分を景気づけるために、ひさしぶりにウィスキーを飲んでみた。
「そういえば、亡くなった夫とこうやってウィスキー飲んだっけ。もう昔の話ねぇ。」
そんなことを思いながらグラスをかたむける。
アンはいい気持ちでベッドに横になった。
夜中にふと目が覚めて、お手洗いに立ち上がる。
ふらついた足がなにかにつまずき、彼女は大きくよろめいてしまった。
一瞬の出来事である。
彼女の体はそのまま床に叩きつけられた。
気づくとアンは病院のベッドの上だった。
弟子が心配していた通り、アンは夜中に転倒して腰を打ち、そのまま入院となったのだ。
高齢者が筋肉を動かさずにいると、筋肉が弱ってしまい、元に戻るのに長い時間がかかる。
何ヶ月もかかってやっと退院した彼女はケアホームに入ることになった。
人見知りで頑固なアンにとって、見知らぬ人との共同生活は耐え難いものだった。
弟子達の訪問ももちろん禁止で、電話で会話することすらままならない。
唯一訪問を許されたのは家政婦ひとりだった。
家に帰りたい!家に帰りたい!
自由を謳歌していたかつてのアンにとって、ケアホームの集団生活は耐え難いものだった。
数ヶ月の滞在でやっと帰宅を許されたアン。
もう病院もケアホームもこりごりだ。
今回のことで、アンはいやというほど思い知らされた。
それは「もう自分は一人では生きられない」という悲しい事実であった。
そんなアンに家政婦はささやく。
「いざとなったら、あなたを守るのは私だけ。」
「だいじょうぶ。私がついてるわ」
用意されていたパワーオブアトーニーの証書を目の前に差し出し、ペンを持たせる。
「なんでもないことよ。ここにちょっとサインするだけでいいの。」
「Everything Alright」
家政婦がアンを見つめる。
………アンはもう何も考えたくなかった。
彼女が大丈夫といった。
だから大丈夫。
アンはパワーオブアトーニーの証書にサインをした。
次回!パワーオブアトーニーとなった家政婦の暴走がアンにさらなる悲劇をもたらす!
お楽しみに!
< 了 >
※本記事は個人の体験談をもとに作成されております。
※健康法や医療・介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず公的機関による最新の情報をご確認ください。
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