ペンネーム:ごぼう
プロフィール:リハビリテーション病院へ入職し、作業療法士歴10年ちょっとです。現在も現役で働いています。
私は約10年もの間、リハビリテーション病院で働いています。
リハビリテーション病院では、脳血管疾患や運動器疾患、呼吸・循環器疾患など様々な病気やケガを抱えた患者さんたちが入院しています。
その患者は日々、もともとの生活に戻れるように、自分の身の回りのことが再びできるようにと病気と闘っています。
私たちリハビリテーションスタッフは、そんな患者さんの願いや思いが少しでも叶うようにサポートをさせていただいています。
トイレへの熱いこだわり
今回は、ユニークな年配男性の患者さんの話をさせていただきます。
その方に関しては、そのままユニークさんというニックネームとしますね。
ユニークさんは高齢な方で、脳卒中を過去に発症したことがありますが症状は軽度であり受け答えもはっきりしています。
今回入院する前も、身の回りのことは全て行っていたとのことでした。
今回は肩が痛むということで入院されたのですが、肩の痛みの影響もあってか身体を動かすのが億劫となり、トイレへ行くのにも介助が必要という状況になっていました。
それに加えて、もともと重度の頻尿もありました。
なんと1時間に1回は、少なくともトイレに行きます。
これは夜中も続き睡眠中であっても途中で覚醒し、トイレ誘導のためにナースコールを押します。
つまり1日のうちに24回以上、ナースコールが押され、その度に介助が必要となるのです。
立ち上がりは手すりに摑まれば問題ないのですが、歩き始めの第一歩目にふらつくことがあり、そのタイミングだけ簡単に支える程度の介助でした。
しかし、あまりに頻回なので介助量を減らしたいと病院スタッフ間で話し合いが行われます。
そこでポータブルトイレといって、ベッドのすぐ隣に配置できる移動式のトイレがあるのですが、これを設置すえば介助もいらずに1人で行えると考えました。
さっそく、ユニークさんにこの提案を行います。
ですが廊下にあるトイレまで行きたいと、そこはユニークさんも譲りません。
トイレと奇声
また、ユニークさんにおいては他にも問題になったことがあります。
当然、トイレや入浴、リハビリに移動するなどの際はベッドから立ち上がるのですが、ユニークさんはその度に「せーの、ウェーイ」と大きな声をあげます。
痛みに耐えて自分を鼓舞するためなのでしょうか。
それとも、入院する前から自分の家でも声をあげていたのかは分かりません。
初めてユニークさんが入院された日には、何事かとスタッフや患者が集まるほどの声量でした。
周りに迷惑が掛かるため静かに行いましょうと注意すると、分かったと返事をするのですが、数分経つとまたその声が病棟内に響き渡ります。
この問題に対してもトイレ付の個室の部屋を用意しようと考えました。
部屋内でトイレを済ませればユニークさんの声が響くのを抑えられるかと思い提案しましたが、やはり廊下のトイレは譲れないとのこと。
結局、トイレに行くときに叫び、戻るときに叫び、風呂に行くときに叫び、リハビリに行くときに叫び、戻るときに叫びを繰り返し1日中介助も必要であり、その声も響き渡ります。
奇声の効果
当初は介助が必要だったのですが、廊下のトイレまで歩いて行くという行為そのものがリハビリテーションとなっていったため介助は徐々にいらなくなってきました。
また、最初は気になって気になって仕方がなかった声量ですが、しばらくすると慣れてくるのか不思議と気にならなくなってきます。
気にならなくなる自分にも驚きましたが、周りのスタッフや患者もそうだったようです。
ですが前述したように、ユニークさんは夜間頻尿という情報があったので立ち座りをする度に叫び声が聞かれるこの状況だと、夜間帯はいずれ他の患者さんからクレームがくるだろうなと考えていました。
しかし数日経っても、特に問題は起こっていない様子。
夜勤を行ったスタッフにユニークさんの夜間帯の様子を恐る恐る尋ねてみると、周りが寝静まっているのを分かっているので、ものすごく小さい声でささやくように「ウェイ」と声をだしていた、とのことです。
あまりに可愛らしいユニークさんのエピソードに、その場にいたスタッフみなが笑ってしまいました。
現在は無事にご自宅へ退院され、身の回りのことは全て自分で行い生活をしています。
今でもユニークさんの肩の痛みに対して定期的に治療するため1年の間に数回、短期的に入院されます。
相変わらずの声量ですが今では私たちスタッフも慣れてしまい、あまり気になりません。
患者ファースト
私たち医療スタッフは介助量を減らそう、周りに迷惑がかからないようにしようと個室やポータブルトイレを提案しましたが、よくよく考えてみるとこれは私たちの都合です。
ユニークさん本人からしたら、毎回自宅では廊下まで移動しトイレに入られるというのを繰り返しているのでこれが当たり前のことです。
また、ポータブルトイレを利用していれば活動される量や頻度も減ってしまうため、身体が衰えてしまう危険性もあります。
そのため、本人のこだわりそのものが今回はリハビリテーションとしては有効だったように思います。
もちろん、周囲への配慮も必要ですが、リハビリテーション病院なので生活そのものがユニークさんにとってリハビリテーションとなり、ご自宅へ早く安全に帰ることができるようにすることが最善です。
私たちの都合で、こうしなければと考えるのではなく、患者目線で物事を見極めなければならないと改めて考える機会になりました。
ユニークさんから学びの機会をいただき、今ではスタッフ皆がどうすれば患者のためになるのかと考えるように少し変わってきています。
< 了 >
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※本記事は個人の体験談をもとに作成されております。
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