ペンネーム:あきこ
プロフィール:ライター兼訪問看護師。看護師歴30年以上。訪問看護は13年の経験があり、がんやその他の疾患での在宅看取り支援の経験も多数。
今回は徹子さん43歳のお話。
夫、小学6年生のたけし君、年長さんのあやめちゃん、の4人暮らし。
幼稚園の先生だったが、胃がんが見つかり体調不良で退職。
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綺麗なお母さんとがん治療
初めて徹子さんに会ったとき、「きれいな方だなあ」が第一印象でした。
2年前の胃のバリウム検診の後、徹子さんに要精密検査の紙の入った封筒が届きます。
近くのクリニックを予約して、胃がんの診断。
その1か月後に、消化器の専門病院で胃全摘の手術をし、抗がん剤を飲み始めました。
手術から10か月後のCT検査までは、異常は見られませんでした。
そのCTには腹膜播種(ふくまくはしゅ)がありました。
私たちのおなかの中に胃や大腸、肝臓などの消化器官が存在します。
それをおおう膜が腹膜です。腹膜播種は、腹膜にがんの種がまかれたように散らばっている状態です。
手術でがんの疑わしいところは切除し、抗がん剤で治療したのですが。
徹子さんは抗がん剤の腹腔内治療をしてくれる病院を探し、紹介状を持って受診しました。
抗がん剤を、全身と腹腔内へ点滴する治療が始まりました。
たけし君の卒業式
徹子さんの息子、たけし君は小学6年生。
あと2か月で卒業式、あと3か月で中学の入学式が迫っていました。
「私、絶対卒業式に出席したいの。息子がお友達から『お前の母ちゃん、がんなんだってな。』って言われたんですって。保護者の中に子供に伝える人がいたのね。だから私、がんだけどこんなに元気だってところを見せたいのよ。」
卒業式の1か月前のCTでは、腹膜播種は悪化していました。
腹水もたまり、毎週の外来で500ml~900ml抜くこともありました。
腹水の中にはタンパク質成分も入っているため、抜きすぎると栄養状態が悪化します。
そのままにしているとおなかが腹水で膨れ、食事がとれず、眠れず、苦しい状態です。
肺や肝臓への明らかな転移はありませんが、徹子さんは厳しい状態です。
今月は卒業式という3月1日になって、ひどい吐き気で入院。
「どうしても、卒業式に出たい」徹子さんの強い気持ちで、医療スタッフは考えました。
卒業式の始まるギリギリまで点滴し、必要があれば吐き気止めを注射しよう。
式が終わったら、早く帰宅して点滴を再開しよう。
卒業式の前日に退院し、翌日には再入院する計画ができました。
その時の徹子さんは24時間の点滴で栄養と水分を補給していたのです。
訪問看護師が点滴の対応をしました。
卒業式の終わる予定時間を過ぎても、なかなか帰ってきません。
夫からの電話もないので大丈夫だとは思うけど。
1時間後、徹子さんは疲れた顔はしていますが、ニコニコして帰ってきました。
「私ががんの治療中とは、だれも感じなかったと思う」
その晴れやかな顔は、いつもよりいっそう美しいと思いました。
卒業証書を手にキリっとした袴姿のたけし君、幸せあふれるご家族がスマホの中にいました。
春の訪れと引き継ぎノート
徹子さんはその後、たけし君の中学校の入学式にも出席しました。
次の月からは自宅で訪問診療を受けながら療養し、月末に亡くなりました。
吐き気で入院する数日前に、徹子さんは1冊のノートを見せてくれました。
公共料金の支払い方、夏冬の衣替え時のポイント、子供たちの体調で気を付けること、料理レシピなど。
「夫がちゃんとできるように」と。
そして、表紙には「引き継ぎノート」と書いてありました。
< 了 >
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