ペンネーム:あきこ
プロフィール:ライター兼訪問看護師。看護師歴30年以上。訪問看護は13年の経験があり、がんやその他の疾患での在宅看取り支援の経験も多数。
今回は隆さん59歳のお話。
最近トイレに行く回数が増え、気にしています。
「糖尿が悪くなったのかなあ。それとも前立腺の病気かなあ。」
妻の典子さんに話しかけますが、典子さんはおおらかでのんびり屋さん。
「年を取ったらみんなそうよ。」と笑っています。
隆さんは糖尿病を患っており、視力が低下して細かい字が見えません。
典子さんが細かい字をみてくれ、お世話をしてくれます。
尿崩症
ある日、隆さんは尿崩症と診断されます。
聞いたこともない病気で、「にょーほーしょう」では意味が分からず、漢字を見てびっくり。
診断のあと、しばらく入院でお薬の調整をしていましたが、無事退院することになりました。
尿は腎臓で作られます。からだをめぐる血液から腎臓でろ過され、老廃物を体外に出す重要な役目です。
水分を取りすぎると尿は増え、水分が足りないと尿は減ります。
尿量を調整するホルモンが、バソプレッシンという抗利尿ホルモンです。
身体に大切な水分を回収する役割を持ちますが、このホルモンが足りないと尿が多量に出てしまう。これが尿崩症です。
昼夜を問わずトイレに行きたくなり、脱水症状を起こし喉がカラカラに乾きます。どんどん水分を取りたくなるので、食事が入らずやせていく人もいるのです。
隆さんは、糖尿病の症状に「尿が増え、喉が渇くこと」がありますから、病気が悪化しているのかと思いました。
病院で検査をしましたが、糖尿病の数値悪化はありません。ほかの検査で、尿崩症の診断がついたのでした。
実際に尿の量をはかってみると、1日に3-4Lも出ていました。
個人差や体調にもよりますが、私たちの尿の量は1日1.0-1.5Lと言われていますから、隆さんは約3倍。
退院後は、鼻にスプレーをする薬を、1日2回することになりました。
隆さんは糖尿病で白内障も進み視力が低下。
妻の視力は良かったので、妻が介助してスプレーしてもらいます。
尿崩症の治療と異変
最初の4.5日間は、体重減少もなく順調でした。
その後は尿の量の変動が大きく、体重も変化するようになりました。
スプレーは1日2回決まった時間にしていると言います。
実際にするまねをしてもらいましたが、問題はありません。
それでも、変動が続きます。
薬がなくなり新しいスプレーの瓶になりました。
そうすると5日くらいは順調なのですが、その後は変動が大きくなるのです。
いったいどうしたことかしら。
薬が5日で効き目がなくなるなんて、炭酸の気が抜けるようなことがおきるわけがないのに。
スタッフみんなで相談します。
この薬は、鼻にノズルを入れて瓶の底を押し込み鼻にスプレーするものです。
瓶の中には細いチューブが入っています。
チューブの先端は、瓶のしるしのところに固定されています。
このしるしを顔の方を向けると、お薬が少なくなってもチューブの先端がお薬から浮くことがないのです。
お薬が少なくなった時に、チューブの先端が薬液から浮いているのでは?
原因判明
次の訪問で確認してみます。
典子さんは「あら、向きなんてあったの?」と笑っています。
どうやら、瓶の向きを気にしていなかったため、チューブの先端が浮き、確実な薬の投与ができていなかったことが分かりました。
典子さんは視力に支障はないのですが、看護師は赤いマジックで瓶にハートのマークを付けました。
ハートのマークを典子さんが見える方にして、愛をこめてお薬をスプレーしてもらうように工夫。
隆さんの体調は安定しました。
お家で療養するとき、ご家族の明るさや鷹揚さはとても大切です。
明るさや鷹揚さは、時に正確さと共存しないことがあります。
相反すると思うことも共存できるように、医療者がお手伝いできるといいですね。
< 了 >
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※本記事は個人の体験談をもとに作成されております。
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