ペンネーム:あきこ
プロフィール:ライター兼訪問看護師。看護師歴30年以上。訪問看護は13年の経験があり、がんやその他の疾患での在宅看取り支援の経験も多数。
今回は肝臓がんの患者である康夫さん82歳のお話。妻の幸子さん78歳と娘の妙子さん52歳の家族構成です。
入院治療から自宅療養へ
康夫さんは肝臓がんで入院治療中、家で過ごすことを強く希望。
不安な妻と娘さんが折れる形で、自宅療養することになりました。
訪問診療と訪問看護が入ります。
康夫さんは元学校の先生で、いろいろ言語化するのが大好き。
病気のことも、先生と専門用語を入れながら話し、とても満足そうです。
日中はご家族が見守りながらトイレまで歩きます。
夜はトイレに3回ほど起きるので、ご家族も負担があります。
そこで尿器と言って、筒形の入り口から尿をして、尿をためるタンクがついている容器があるのですが、これを夜に使用することにしました。
初回使用の昼に訪問すると、何やら尿器の件で熱く語ります。
クレームではないし、感情を害しているようではありません。
よく話を聞いていると、尿器の角度を変えることで、尿が漏れないような方法を検討し続けているとおっしゃっています。
「自分が少し横向き気味になることで、斜めの部分からうまく尿が入っていくようだ。」
研究を重ねた結果、うまくいく方法が見つかり、それを看護師にも教えたいのです。
何度もその研究報告が続き、ご家族が止めに入りますが教えたくて仕方がない様子。
ティッシュで囲碁
ある日、妻の幸子さんから電話がありました。
「昨日の夕方から、食事もせずティッシュを取りだしては布団に並べているんです。碁をしているようなの。どうしたらいいのかしら。」
訪問診療の医師と伺ってみました。
康夫さんは「ああ先生ですか。」と、わかっているようです。
先生の「大変そうですねえ、悩みますね。」という言葉に、康夫さんは次のように答えます。
「そうなんですよ。どの手を打つか、難しいんですよ。」
そして顔をあげて、「先生ならどうしますか。どうぞ打ってください。」
え、碁盤もないし 碁石もない。
あるのは布団に不規則に置かれたティッシュ。
先生は、悩んだ挙句に思い切って、ある所にティッシュを置きました。
康夫さんはしばらくそのティッシュをにらんでから、顔をあげて言いました。
「おお!先生、さすがですねえ。参った、参った。」
碁が終わり、診察の始まりです。
がんが進行し、肝臓の働きの低下で栄養をエネルギーに作り替えられなかったり、ナトリウムやカリウムなどの電解質バランスが崩れたりすると、脳が意識障害を起こします。
せん妄です。
せん妄と向き合う
せん妄は1日のうちで症状が変化したり、急に歩き回ったり、何かが見えたりする場合もありますし、ぼーっとして動かなくなってしまうこともあります。
栄養や電解質を整え、脱水を治療することでの回復や、気持ちを整える精神のお薬を使用することで落ち着く場合もあります。
ご家族や対応する人たちは、つじつまの合わない話を否定せず付き合ってあげるとよいでしょう。実は昔のエピソードを断片的に思い出したのかもしれません。かといって、つじつまの合わない話を深堀することはお勧めしません。
いつも通りのおしゃべりやテレビの聞こえる部屋の雰囲気を保つことで、安心した気持ちになってもらいましょう。体をさすることも安心につながる場合があります。
康夫さんの場合はせん妄が強くなり、声掛けの工夫やお薬ではコントロールがつきませんでした。
目を離した瞬間に立ち上がって転んだり、トイレ以外に尿をしたりが続き、ご家族は悲鳴をあげました。
「十分やりました。病院で対応してもらいたいです。」とおっしゃいます。
康夫さんも力ない返事で納得され、入院することに。
在宅療養で大切なこと
在宅療養するうえで、症状のコントロールは大切です。
痛み、吐き気、呼吸のつらさ、せん妄などが、家庭での声がけや身体の姿勢の工夫、食事の工夫で緩和されることもあります。
また、上手にお薬や医療機器を使うことで、苦痛が軽減できることも。
康夫さんの場合は、せん妄のコントロールが困難でした。
最初の尿器の使用方法について延々とお話をしていたことやティッシュでの碁のエピソードでせん妄を疑い、
早め早めの対応ができていたら。
「たられば」を言ってもしょうがないのですが、反省点です。
< 了 >
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※本記事は個人の体験談をもとに作成されております。
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